柴田勝家公像 その3






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“織田信長暗殺計画”が実行されました。
信長が天下取りへのデビューを果たす“桶狭間の戦い”(1560年)の少し前、1556年の事です。
信長の父・信秀亡き後の織田家の行く末を案じた勝家は、嫡男である信長を暗殺しようと企みます。
“大うつけ”の信長より、勝家が当時仕えていた弟の信勝(信秀)が後継者にふさわしいと考えたのです。
が、反乱を受けた信長は軽々と打ち破ります。
信長の真の強さを思い知り、大うつけを装った天才だと気付きます。
勝家は頭を丸めて降伏し、以後信長に心酔する様になります。

織田家の事を考えているがゆえに信長を消そうとしましたが、それが間違いだと気付いたらそれを認める潔さ。
“ズバッ!”と見習いたいものです。















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# by keta871 | 2013-11-06 02:02 | Comments(4)

柴田勝家公像 その2






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羽柴秀吉、前田利家、明智光秀、徳川家康 など強者揃いの織田軍団の中、柴田勝家は知名度的にはかなり劣ると思います。
なぜあまり有名ではないのか?
それは、織田家のNo2に徹していたからだと思います。
そしてNo2に徹するという事は、天下を取る野心が無いという事です。

“鬼柴田”と称されるほど戦にも強く、武骨で誠実な性格。
並み居る織田軍団の中で最も優秀で最も信頼が厚かった武将が柴田勝家でした。















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# by keta871 | 2013-11-05 01:01 | Comments(2)

柴田勝家公像 その1






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織田信長のNo2。
アントニオ猪木にとっての坂口征二・・・みたいな。

主君・信長亡き後、勢いに乗って天下取りを露わにする羽柴(豊臣)秀吉と対立します。















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# by keta871 | 2013-11-04 02:02 | Comments(2)

清洲城 その12






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「清洲城」・・・といえば、織田信長が“桶狭間の戦い”に向け出陣した地、と・・・
やはり“清洲(清須)会議”ではないでしょうか。


“清洲会議”とは、“本能寺の変”で亡くなった信長、そして信長の嫡男(長男)・信忠に代わる織田家の後継者を決める会議の事です。
出席者は、織田家筆頭家老の柴田勝家、丹羽長秀、羽柴(豊臣)秀吉、池田恒興の4名。
農民から出世した秀吉はこの中では一番の新参者です。
木下藤吉郎から羽柴秀吉に名前を変える時、上司である“丹羽長秀”と“柴田勝家”からからそれぞれ一字づつもらって“羽柴”としたそうです・・・という人間関係でありました。
味方にしておきたい上司の機嫌を損ねない、秀吉の“人たらし”ぶりを垣間見るエピソードですね。

後継者の候補は次男の信雄、三男の信孝でした。
次男の信雄が次ぐのが常識なのでしょうが、信雄は信長とは違った意味での天然の大うつけだった様で人望が無かったのであります。
その為、筆頭家老の勝家は文武に秀でていた三男の信孝を擁立。
この会議で織田家乗っ取りを企む羽柴秀吉はリーダーとしての器に難がある信雄を擁立・・・
すると思わせ、当時3才の“三法師”を擁立します。
“三法師”とは、信長の長男・信忠の長男、、、つまり、信長直径の孫です。
“本能寺の変”後、信長の敵の明智光秀を速攻で討ち取った行動で秀吉の発言力が増し、更に次男や三男以上の文句のない血統。
そして何より、この会議に勝つ為に入念な根回しを欠かさなかった秀吉の思惑通りに終わりました。

織田家の家督を継いだとはいえまだ3才の三法師。
その後見人となった秀吉。
上座に座る三法師を抱く秀吉に頭を下げる柴田勝家ら古参の家臣達・・・という光景であります。















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純粋に織田家を守ろうとした柴田勝家に対し、この会議を利用し事実上織田家乗っ取りに成功した秀吉。
当然の事ながら戦国の世、これが新たな火種となるわけであります。。。















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# by keta871 | 2013-11-03 11:11 | Comments(2)

清洲城 その11






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「清洲古城」跡に残るこの塚、土塁の名残だという事らしいのです。

その土塁の上には・・・
“清洲城墟碑”なる碑は置いといて、、、
信長公を祀る祠(ほこら)、そして“右大臣織田信長公古城跡”という碑が、私には燦然と輝いて見えました !(^^)!















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# by keta871 | 2013-11-02 03:03 | Comments(2)