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躑躅ヶ崎館 その13






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武田信玄のお城に石垣?
定説では初めてお城に大規模な石垣を用いたのは織田信長の「安土城」だという事です。
信長以前に活躍していた信玄クラスの武将がが石垣を用いた城を築いていたとするならその定説も変わっていたのでは・・・と、ちょっと思っておりましたが・・・















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織田信長が信玄の子・勝頼を破り武田家が滅亡すると、甲斐は徳川の支配下になります。
信玄時代の「躑躅ヶ崎館」は防衛施設の“城”としては手薄な単郭の居館に過ぎず、徳川時代に大規模な改修が行われ、石垣や堀はその時代の遺構なのでは・・・という説もあります。

現在、武田氏の本拠地に信玄時代の面影はどこまで残っているのでしょう?















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by keta871 | 2013-06-20 03:05 | Comments(2)
Commented by あい at 2013-06-21 09:24 x
う~ん、気になっちゃいますねぇ。
それにしても、ずいぶん沢山の石垣が埋もれながらも残存していますね。
Commented by keta871 at 2013-06-22 00:30 x
あいさん
甲府は徳川ではなく武田のものが残っていてほしい場所であります。
でもこの石垣、やはり徳川時代のものだと思います・・・
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