安土城 その13






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「安土城 その1」では霧で見えなかった山頂部分でしたが、もうすっかり晴れてきました。
どうですか、地上6階、地下1階、高さ46mの絢爛豪華な天主閣が見える様になりましたか?















そんなもの見えるわけないだろ!とおっしゃる現実主義の方にはこちらを・・・










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忠実に復元された原寸大の「安土城」天主の5階・6階部分です。
繰り返しますが、5階・6階部分だけです。
「安土城」の全貌ではありません。
1992年 スペイン・セビリア万国博覧会 で展示されたものです。
「安土城」から徒歩10~15分ほどの距離にある「安土城天主 信長の館」という所で展示されています。


これが400年以上も前に本当に存在したものなのでしょうか?
信長のぶっとび過ぎている世界感を、想像ではなく実際に体感出来ると思います。










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ざっと一回りして来ましたが、「安土城」はまだまだ見所満載です。
今回御紹介出来なかった所はまた次の機会に・・・と、自分の課題と致しまして・・・
「夢と現の安土城」、ひとまず“完”です。










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# by keta871 | 2012-04-15 06:35 | Comments(2)

安土城 その12






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「安土城」は“天守”ではなく“天主”と書きます。
キリスト教で“天にいる神”を表す言葉です。


お城の天守閣というと、そこに殿様が住んでいる・・・というイメージがありますが、実際に天守に住んでいたのは「安土城」の信長だけだったそうです。


それまでの概念を超越した、そしてこれからももうこれ以上の建築物は出現する事は無いであろう、そんな天主閣が確かにここにあったのです・・・。










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もう礎石しか目に見えるものは残っていませんが・・・










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信長は何を思いながら琵琶湖(西の湖)を眺めていたのでしょうか・・・















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# by keta871 | 2012-04-14 07:18 | Comments(2)

安土城 その11






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本丸跡です。
ここに天皇を迎える為に建てたと言われている 本丸御殿 がありました。
家臣が書いた信長公記(しんちょうこうき)という伝記にも、“御幸の間”という記述が残っており、それが 天皇を迎える為・・・という証拠にもなります。
“御幸(みゆき)”とは、天皇の外出の事です。(某国語辞典参照)


奥に見える石垣が天守台になります。
あの石垣の上に、本丸御殿を見下ろす様に絢爛豪華な天主が建っていました。
信長が天皇を見下すかの様でもあります。










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本丸の外れにも、凄く散策欲をそそられる場所があるのですが・・・










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あっちもこっちも、オー・マイ・ガ~~~ッ!










気を取り直して・・・










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この石段を上ると・・・















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# by keta871 | 2012-04-13 01:50 | Comments(2)

安土城 その10






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二の丸跡です。
ここには 信長公本廟 があります。


お城巡りなどをしているとよく目にする言葉ですが、“廟(びょう)”って何なのでしょうか?
お墓の事?
さにあらず。
“廟”とは、祖先や偉人の霊をまつる所なのです。
(某国語辞典参照)










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羽柴秀吉が二の丸跡に信長の遺品を埋葬してここを本廟としたそうです。
秀吉は信長の一周忌法要も盛大に執り行います。
自分が信長の後継者である事を世間にアピールする為の行動だったのでしょうが、ただ戦が強いだけではなく、天下人になるにはこういうイメージ戦略も重要だったのですね。
今も昔も変わりません・・・。










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二の丸を後にし、いよいよ本丸突入です!















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# by keta871 | 2012-04-12 06:39 | Comments(2)

安土城 その9






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“大物のムード満載”の石垣は、黒金門跡でした。
主要部へ続く、重要な門だったそうです。










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上の写真は信長の小姓・森蘭丸邸跡から撮影した黒金門石垣です。
現在の蘭丸邸は、草木が生い茂っているだけです。
やはり蘭丸は天主に近い、良い所に住んでます。










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大手道もそうでしたが、この辺りの石垣も修復・整備されているそうです。


そして・・・黒金門を抜けた直後に立ちはだかる石垣ですが・・・










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この突き当りの石垣は修復などは一切されていない石垣だそうです。


「安土城」は“本能寺の変”後に焼失してしまい、この火災の原因に関しても様々な説があるミステリアスな出来事だったのですが、この石垣はきっとそのすべてを知っている事でしょう。


この場所から何度も信長を出迎えたであろう、そして現在も様々な説のある事件の真相を知っているであろう、そんな凄い石垣が、その当時のままの姿でこちらを見ているのです・・・。















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# by keta871 | 2012-04-11 06:16 | Comments(2)