家族(長政とお市)




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長浜市役所浅井支所前にあります、浅井長政一家の銅像です。
台座には「家族(長政とお市)」と刻まれています。
浅井長政と妻であるお市。
茶々、初、江の浅井三姉妹に嫡男の万福丸。
末娘の江が生まれてすぐに長政と万福丸はお市の兄である織田信長との戦いに敗れ命を落としているので、この銅像の様に一家が揃っている幸せな期間は本当に短かったと思います。










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左から…お市、茶々、初、長政、江、万福丸
だと思います。
一家揃っての銅像はかなり珍しいと思います。










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江が主役の昨年の大河ドラマは…
決まった時からかなり期待していたのですが、期待が大き過ぎたのでしょうか??










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# by keta871 | 2012-01-16 02:12 | Comments(0)

宇佐山城 その2




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今でこそ地元小学生お手製の案内板のお蔭で迷うことなく山頂(本丸)まで行けますが、初めて訪れた時は難儀しました。










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大阪出張の帰り道、私の城訪問に多大な影響を与えてくれた“師匠S氏”のお誘いで大津駅近くでレンタカーを借り、S氏推薦の大津周辺の城をいくつか回った中の一つが「宇佐山城」でした。
「岩村城」で山城は体験済みだったので、聞いた事のない「宇佐山城」くらい楽勝で行けるさ…なんて軽い気持ちでした。
全国の城を網羅している兵(つわもの)S氏は慣れた感じで下調べした資料や縄張図なる城の地図を取り出し、頭の中で入念に作戦を立てている様子です。
その辺の山、ちょっと登るだけでしょ!?何調べてるんだろ…って感じです、私は。
「岩村城」は“日本100名城”に選出されたり“日本三大山城”にも含まれている超メジャーな山城。
マニアックな山城はこれが初です。
入念に調べていた意味が登山口に着いた時に分かりました。
道がありません。
いや、あるのでしょうけど私の目ではそれを判明する事は出来ない程でした。
S氏は木に巻いてある紐の道標と経験に基づく勘でどんどん登って行くのです。
私一人では絶対無理です。


その日は8月10日でした。
真夏の炎天下の中、草木が生い茂る道なき道。
セオリーとしてはこんな時期に山城へ、特にあまり整備の行き届いてない所へ行くのお勧め出来ない行為です。
雑草で石垣などの遺構が見え難いし、蛇や蚊・蠅・蜂など危険な動物や厄介な昆虫がいたりで集中出来ないし長時間そこで撮影したくても長居するのも大変です。
当然S氏はそれを分かっていて、私と一緒に滝の様な汗を流しながら登ってくれたのです。
この翌日、務めていた出版社が経営不振で体制が入れ替わる旨の役員会が予定されており、もう一緒に行動を共に出来る時間も限られてしまう事を察したS氏がわざわざこんな時期でも連れてきてくれたのだと思います。
特に言葉で山城攻略法を教えてくれたわけではありませんが、S氏と体感したあの時間が無ければここまでのめり込まなかったかもしれません。
お蔭様で、今では「宇佐山城」を楽々一人で行ける様になりました。










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福井県「一乗谷城」城主・朝倉義景と昨年の大河ドラマの主役“江”のお父さん・浅井長政の連合軍の攻撃に備える為に織田信長が森可成に築かせたのが「宇佐山城」です。
信長の小姓で“本能寺の変”で信長と共に命を落とす、あの森蘭丸のお父さんが森可成です。
宇佐山城主・森可成は最終的には朝倉・浅井連合軍の攻撃で討ち死にしてしまいます。


総石垣の城としてまず思い出されるのが織田信長の「安土城」で、その築城技術が全国に広まり各地で石垣の城が築かれる様になったとされています。
「宇佐山城」はその「安土城」より以前に築かれた石垣の城です。
また、琵琶湖から見た時によく見える様に石垣が配置されている名残が認められており、視覚的効果もあったのでは…という説もあります。
当時はまだ発達していない石垣を見せる事で、信長の権力を誇示するという狙いです。
「安土城」も戦用の城というより見せる要素が強い城で、また小田原攻めの際豊臣秀吉が築いた「石垣山城」も短期間で総石垣の城を築き、相手に精神的ダメージを与える事を狙いとした城でした。
「宇佐山城」というのはこれら“石垣&見せつける城”のパイオニアだったのかもしれません。
いや、きっとそうです。
現在は研究が進んで一つの出来事にもいろんな説がある時代ですが、自分が行った所ぐらいは自分の都合の良い説を取り入れる様にしています。。。









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前回の補足です。
デジカメは撮影したらすぐ確認出来ます。
不思議なものでデジカメのモニターで確認した時は最高に見えた写真でも、パソコンで見た時に“アレレッ??”と感じる事がよくあります。
プリントした時にも同じ事が言えます。
山城は撮影条件が悪いです。
近付いてアップを撮りたくても、離れて全体を撮りたくても断崖だったりして思ったように撮れない事が多々あります。
こういう条件で50mm(に限らず単体)という限られた範囲のレンズで撮影すると、上記とは反対の感じになる事があります。
モニターで見るよりパソコンやプリントで見た方が良く見えるのです。
勿論すべてのカットがそうではありませんが、ズームや広角レンズで思った通りに撮るより限られた条件で限られた画角で、表現は悪いかもしれませんが窮屈に撮った方が思ったより良かった、というパターンが多い気がします。
ズームレンズは思い通りになるからつまらないのかもしれません。
私は断然単レンズ派です!


今回もすべてD700と50mmの組み合わせです。










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# by keta871 | 2012-01-15 10:36 | Comments(0)

宇佐山城 その1




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写真専門学校に入学してまず言われた事は、「3年間、標準レンズ(50mm)以外は使用禁止!」という事でした。
本格的に写真に関わるのはその時が初めてで、とにかく素直に課題をこなす事だけを考えておりましたが、何の手応えも無く在学期間の3年が経過しました。
そして専門学校在学中からアルバイターとしてお世話になっていた出版社に入社し、本格的にプロレスの撮影に携わって行く事になります。


入社当時(1990年代前半)のプロレスの試合を撮影するオーソドックスな基本スタイルは、TV用の照明がある会場ではカメラ3台(タングステン用2台、ストロボ撮影用にデイライト1台)、それ以外の会場はストロボ撮影でカメラ2台を使用おりました。
ちなみにタングステンの使用フィルムはコダックのEPTでISOは160(後にEPJ ISO320を使用)。
+2増感すると黒の締りが無く、本になった時も紙面のクオリティーが下がってしまうので、一つの基準としてはそれ以上増感しなければいけない状況、又はシャッタースピードが最低1/250切れない状況だったらストロボ撮影でした。
レンズは135mm、105mm、85mm、50mm、35mm、28mmなど単レンズを好きに組み合わせて使うのですが、まずアドバイスされたのが50mmをメインで使いなさい、そしてズームは使わない方が良い(というか使うな!)、という事です。


50mmを使う理由としては、画角いっぱいに撮った方が良いからです。
プロレスをリングサイドで撮影する場合、50mmがちょうど良い塩梅だと思います。
トリミングをしない事を前提に撮影しており、小さく撮るより大きく撮った方が良いので(勿論時と場合により小さく撮った方が良い場合もありますが)常にそういう癖を身につけておきなさい、という事です。
そしてズームレンズを使わない理由は、当時はマニュアルでピントを合わせていましたが、まずピントが合わせ難い事。
そしてズームを使うと被写体を小さく撮ってしまうのです。
特にプロレスという瞬時に判断しなければならない状況では尚更です。


プロレスのメッカ・後楽園ホールのバルコニー(2階)で撮影する時はメインが180mm単レンズでサブで135mm単レンズを使用していました。
そろそろ慣れが生じ、楽をして80~200mmのズームで撮影に臨んだ日があったのですが、その日は私のカメラマン人生の中でも指折りの衝撃シーンがあったのです。
そしてその場面をズームレンズでビビッて小さく撮ってしまったのです。
ズームレンズを見るだけで、今でもそのシーンを思い出してしまいます。
それ以来、デジタルカメラが主流となるまで一切ズームは使いませんでした。


デジタルカメラ主流となり、画角も変わり、ズームレンズが当たり前となり、今まで養ってきたフィルムの特性やレンズの癖などすべてがリセットされ、しばらくすると…もうプロレスを撮る必要は無くなっていました。


今一番のこだわりは50mmレンズで撮影する事です。
アップを撮りたかったら歩いて被写体に近付く。
全体を撮りたかったら歩いて被写体から離れる。
ファインダーからはみ出してしまったらその様を撮る。


ズームレンズは便利です。
歩かなくてもちょっと捻って広角にすれば入れたい被写体、収めたい部分がファインダーに入ります。
だから楽をして撮れてしまいます。
ズームレンズを使うときは、楽をして撮らない様心掛けています。
専門学校での教えが、今何となく役に立っている様な…気がします。


ボディーはニコンD700、レンズはAl Nikkor 50mm F1.4s
私が初めて買ったマニュアルレンズです。
この組み合わせ、懐かし感覚です。
そして以下はこの組み合わせで撮影した写真です。










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# by keta871 | 2012-01-14 03:19 | Comments(2)

江戸城 その7




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お城鑑賞の見所の一つに、夕刻から夜にかけてのライトアップがあります。
が、残念ながら「江戸城」にはその様な演出はありません。











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街全体が城跡と言っても過言ではない「江戸城」に、意図した演出は必要ありません。
“24時間眠らない街・東京”の明かりが、勝手にライトアップしてくれます。










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下手にライトアップするよりも、この方が遥かに美しいと思います。










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でも…現代の江戸の夜は必要以上に明る過ぎます。










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昨年実施された計画停電は確かに不便でした。
でも、あの時のいろんな思いは忘れたくないものです。










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# by keta871 | 2012-01-12 01:06 | Comments(4)

江戸城 その6





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約15年間、通勤又は取材などで都内はいろんな所へ行きました。
良く通ったはずなのに…いやいや、興味が無ければ街中に紛れ込んでいる「江戸城」の名残なんて全く分かりません。


でも、これくらいは分かってほしかったな~…(これ、今の自分から過去の自分への言葉です)
駅の横にこんなにも堂々と残っているんですから…










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こっちはもっと凄い!
左右両方に門の跡がはっきり残っています。










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'03年東京国際女子マラソン。
トップを走っていた高橋尚子はエルフェネッシュ・アレムに猛追され、最終的に抜かれてしまいます。
見ているのも辛かったあの数分間の舞台が総武線沿線のこれらの門跡がある辺りです。
2位でフィニッシュしますが、翌年のアテネ五輪には出場出来ませんでした。
2位なのに…。




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# by keta871 | 2012-01-11 00:11 | Comments(2)