「篤姫」と「天璋院」
説明するまでもありませんが、同一人物です。
徳川13代将軍・家定の奥さんだった篤姫。
家定が亡くなり、落飾後の戒名が天璋院でした。
“ねね”やら“高台院”やら、“茶々”やら“淀”やら・・・
女性も戦国時代はよく名前が変わっていましたが、幕末から明治に生きた女性も同様だったのですね。
明治って、つい最近に感じますけど。。。
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